光圀公の別荘 西山荘
撮影  2004.3.14

 常陸太田市にある水戸光圀公の別荘 西山荘を訪ねてきた。
 光圀公は、当時最高の贅を極めた江戸城から隠居直後にこの質素な西山荘に移ってこられた。
ここに光圀公の人柄がうかがえると思います。
 助さん格さんの二人の共を連れて諸国漫遊の旅を重ねた人として知られているが、実はここ西山
荘で新日本史の編纂に精を出されていたのだ。
 丸窓の書斎で書を読み、庭を散策し、和歌の会を開かれるなど質素で優雅な晩年をこの西山荘で
過ごされていた。

入 園 券

入園券には、象徴的な写真が使われるのが普通。そういう目でこの券を見ると、
やはり、西山荘は、素朴で質素な田舎屋である。
入り口の庭園

   お土産店を抜けるとよく整備された庭園に出る。これはまだ西山荘ではなくその手前の現代に作られた庭園。掘割が流れ橋が架かり、梅などが植えられそれなりの雰囲気を持った庭園になっている。
錦  鯉

 堀には立派な錦鯉が沢山泳いでいる。人が近づくとよってくる。いかにも大名の池といった気分を漂わせる。
早 春 の 園

人が歩く道を歩く道を広く取り、芝が張られた囲いの中に景色よく梅が植えられている。私が訪ねたときはまだ梅には早い時期だった。


これが西山荘の正式の入り口である門。左側に一本しか見えないが丸太の木が立ててある。右側にも同じような丸太が立っている。普通大名の家の門は、瓦葺の屋根を持った豪壮なものだが、西山荘は隠居所というので、簡単に丸太の木を二本立てただけのものにしたようだ。
もう一つの入り口

二本の柱でできた門を入ると奥に芝で屋根を葺いた茶室風の入り口が見える。
西 山 荘

 屋根にコケを置き西山荘そのものが見える。質素な建物で、江戸城で暮らした人の隠居所とも思えない建物。
表 口

 表に回ると梅の古木を置いた玄関と思しき入り口があり、部屋数も少ない隠居所が見える。
書  斎

 光圀が常時執筆などをしていたと思われる書斎。小さな机と6畳間くらいの畳敷きの小部屋。
茶  室?

もう一つの建物が本館の脇にある。坂を上ったところにある門は、上から閉まるお寺などにあるしとみどのようなもの。常には上がっていたようである。
不老沢の標識

家臣の屋敷跡だそうだが大きな沢になっていて農業用のため池になっている。ちなみに助さんの名前も見える。
光圀詠の短歌

不老沢の鴨たちを読んだ短歌。
池にじっと浮いている鴨の脚の動きに目を留めている。
助さんが使った井戸

 助さんの家の跡に見つかった井戸の跡。きっと長いさおの先に桶を提げて水を汲んだのだろうか。
助さんの家があった跡。

今は竹の林になっているがここに助さんは家を建てて生活し、黄門様に仕えたのだ。西山荘までは歩くと数百メートルはあって適当に距離を置いて暮らしていたことが伺える。
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